前回は旧小判20銭 こい青で中期白紙の確定標本を作ったので、今回は旧小判1銭 赤茶を使って無地紙の確定標本作成に挑戦してみようと思う。
旧小判1銭 赤茶について
旧小判1銭 赤茶は旧小判1銭 黒の後の1879(明治12年)年から、U小判1銭が1883年(明治16年)が発行されるまでのわずか4年間発行されていた切手である。旧小判切手は全体的に入手するのが難しいけれども、推定発行枚数は約1億枚と旧小判切手の中でも最多級の発行枚数を誇ることから、相対的に旧小判1銭 赤茶は比較的入手しやすい。
ビジュアル日専 小判・菊切手編によると、前後が別の切手で挟まれた旧小判1銭 赤茶は発行期間が短いために使用されている用紙は無地紙、木綿紙(茶紙)、木綿紙(粗紙)、ワラ紙の4種類だけである。この4種類は旧小判2銭 青味紫と同じなので、今回の無地紙の確定標本作りの手法は旧小判2銭 青味紫でも使える。
この4種類を改めて整理すると、最初の3種類の用紙の主要原料は木綿、ワラ紙のみ主要原料はワラとなっている。また、製造国は無地紙のみ輸入、残りの3種類は国産である。
| 用紙 | 原料の種類 | 製造国 |
| 無地紙 | 木綿 | 輸入 |
| 木綿紙(茶紙) | 木綿 | 国産 |
| 木綿紙(粗紙) | 木綿 | 国産 |
| ワラ紙 | ワラ | 国産 |
無地紙の定義
国内の抄紙技術がまだ未熟な明治時代の初期に海外から輸入された用紙で、厚さが70~100μmのもの。原料は木綿100%、厚手無地紙と同じ紙質である。
観察的特徴はビジュアル日専 小判・菊切手編によると、透かしてみるた時に斑点が見えないものからわずかに見えるものがあるとのこと。
無地紙の観察ポイント
無地紙、木綿紙(茶紙)、木綿紙(粗紙)、ワラ紙の4種類からワラ紙を特定する方法は原料の種類の違いを判別したが、無地紙かどうかを判別する方法は製造国の違いを判別する。当然、用紙には製造国の表示は無い。でも、輸入紙である無地紙は、その後国内で製造が始まる木綿(茶紙)や木綿(粗紙)と比べて技術が圧倒的に進んでいるので、製造国の違いは用紙に現れる技術の差を見ることになる。


なぜ用紙を見れば無地紙と木綿紙の違いがわかるのか
まず、時代背景を想像してみる。世界で最初に切手が発行した国は1840年のイギリスである。そこから旧小判1銭 赤茶が発行されるまで約40年間、用紙や印刷技術の蓄積がある。一方、日本では手彫切手の需要が増えていったけれども、和紙を大量生産することが難しく需要を満たせなくなってきた。そこで、和紙から洋紙に切り替えた。
とはいっても、当時の日本には和紙の製造技術はあっても、原料が異なる洋紙の製造技術はなかった。ではどうしたか。イギリスに人を派遣して技術を習得したり、洋紙を輸入したりしていた。手彫切手の時代に輸入されていた洋紙は、旧小判切手の時代に移り変わっても系譜的には同じものが使用され、旧小判切手では厚手無地紙、無地紙、エスパルト紙という名称で呼ばれている。(※手彫切手の時代は洋紙と和紙と区別していたけれども、小判切手の時代は国内でも洋紙の生産が始まることから、以降は用紙と記載する)
無地紙の観察
今回の調査対象は10枚。うち、3枚が無地紙だった。
全体傾向
確定標本を使って、無地紙の印刷面と裏面中央と目打ちの特徴を調査した。印刷面・裏面中央・目打ちから読み取れる共通的特徴をAIで解析してまとめるとこんな感じ。繊維はそれなりに短く裁断されているようだ。また、裏面写真からは縦斑点であることが読み取れる。


| 観点 | 共通的に言えること | 鑑定上の意味 |
|---|---|---|
| 繊維長 | 短〜中程度主体。極端に長く一直線に走る繊維は少ない。 | 長繊維骨格型ではなく、比較的均質な叩解進行紙の傾向。 |
| 繊維形状 | 細く柔らかい繊維が絡み合い、太く角張った粗片は目立たない。 | 破砕・叩解が進み、繊維径のばらつきが小さい安定系紙質。 |
| 地合い | 面内は比較的均質で、大きな雲状ムラや顕著な厚薄差は弱い。 | 抄紙形成が安定しており、粗紙的な不均一性は低い。 |
| 繊維分布・配向 | 面内分散は均一。短辺方向に弱い配向傾向が見られるが強烈ではない。 | 機械方向は存在するが中程度以下。強配向紙ではない。 |
| 毛羽・破断特性 | 目打ち部でも毛羽は細かく短い。破断はやや圧縮型で丸みを帯びる。 | 長繊維が骨格的に裂ける紙ではなく、均質紙の安定破断型。 |
| 異物・精製度 | 微細黒点は散在するが粗大導管片や未処理塊は少ない。 | 比較的精製度が高く、未熟処理紙の特徴は弱い。 |
| 繊維連続性と印刷影響 | 長繊維が印刷線を大きく横断しない。インクは細かく均一に拡散。 | 印刷再現性は安定型で、繊維裂断型の強いにじみは出にくい。 |
各部位の詳しい分析結果は個別にまとめるが、それらを簡潔にまとめるとこんな感じ。
| 写真タイプ | そこで特に強く言えること | 補足 |
|---|---|---|
| 印刷面 | インク境界は細かく均一ににじむ | 繊維に強く引き裂かれず、微細な拡散型で線は比較的安定している |
| 印刷面 | 表面はやや緻密で均一 | 粗大な繊維束の突出は少なく、細かい毛羽が密に分布する |
| 裏面中央 | 繊維配向は弱〜中程度 | 一定方向の流れはあるが強烈ではなく、全体として均質分散型 |
| 裏面中央 | 地合いは比較的均質 | 大きな雲状ムラや極端な厚薄差は目立たない |
| 目打ち断面 | 破断はやや圧縮型 | 鋭いせん断よりも押し潰されつつちぎれる形で丸みを帯びる |
| 目打ち断面 | 毛羽は細かく短い | 長繊維の骨格的裂けは少なく、微細毛羽が均一に分布する |
また、出現しやすい特徴と観察部位がわかる表も作成してみた。既に調べ終えた用紙と大筋結果が一致している。
| 観点 | 印刷面 | 裏面中央 | 目打ち |
|---|---|---|---|
| 繊維長 | △ | ◎ | ○ |
| 繊維形状 | △ | ◎ | ○ |
| 地合い | ○ | ◎ | △ |
| 異物 | △ | ◎ | △ |
| 毛羽 | △ | ○ | ◎ |
| インク挙動 | ◎ | ― | ― |
印刷面の観察
印刷面から読み取れる情報はこんな感じ。印刷面をAIで調査すると、比較的均質で安定した印刷再現性を示す中程度の緻密と弱〜中程度の繊維配向が読み取れるようだ。
- 表面は中程度の緻密さを示し、微細繊維は多数確認できるが、粗大な繊維束の強い突出や塊状の偏在は顕著ではない。
- 繊維は短〜中程度主体で比較的均一に分散し、局所的な極端な疎密差は少ないが、微細な濃淡ムラは存在する。
- 強い一方向流れは認めにくく、緩やかな水平優勢は見られるものの、全体としては弱〜中程度の異方性に留まる。
- インクは紙面に概ね均一に定着し、局所的な深い吸い込みや空隙状の抜けは限定的で、繊維方向に強く引かれる挙動は目立たない。
- 印刷線のエッジは極端な引き裂き型ではなく、微細なにじみと軽度の繊維沿い拡散を伴う安定した境界を示す。
- 顕著な凹凸強調や長繊維の毛羽立ちの集中は見られず、微細毛羽は存在するが印刷再現を乱すレベルではない。


裏面中央の観察
裏面中央付近の中解像度と高解像度写真はこんな感じ。そもそも、圧縮が進んでいるものを無地紙として選んでいるので、当たり前ではあるが圧縮されていて、繊維が密に詰まっていることがわかる。
- 裏面は比較的均一に繊維が絡み合い、粗大な繊維束の突出は目立たず、全体として中程度の緻密さを示す。
- 短〜中程度の繊維が広く分散し、極端な疎密ムラや塊状集中は観察されないが、微細な濃淡のゆらぎは存在する。
- 強い一方向流れは認めにくく、局所的な緩やかな流れはあるものの、全体としては弱い繊維配向に留まる。
- 微細な毛羽や単繊維の先端は散見されるが、長大繊維の顕著な突出や絡まりの強調は見られない。
- 顕著な凹凸強調や繊維層の段差は観察されず、圧縮によりやや均された印象を受ける平滑な構造を示す。
- 微小な点状異物は散在するが、目立つ繊維種の混在や大きな異物塊は確認されない。


目打ちの観察
目打ちの写真からはこういったことが読み取れる。目打ち部分の断裂は極端な引裂型ではなく圧力を伴う安定した剪断破断を示す用紙のようだ。また、高解像度の写真を見ると毛羽立ちが薄っぺらいものが見える。無地紙は木綿100%の用紙なので、圧縮がされていない木綿の繊維であれば円筒状に見えるのだが、薄っぺらいということは強い力で繊維が圧縮されているということである。
- 目打ち穴の縁は比較的均一な円弧状を示し、大きな欠けや不規則な破断は目立たない。
- 切断面では繊維が引き伸ばされながら破断しており、繊維端のほぐれが確認できるが、極端な引き裂き型の長大裂断は少ない。
- 穴周辺には微細な毛羽が立ち上がるが、密集して房状になるほどの強い毛羽集中は見られない。
- 穴縁付近に軽度の圧縮による繊維の押し潰し感があり、断面は完全な自然破断ではなく、圧力を伴う切断であることが示唆される。
- 隣接する目打ち間隔および穴形状は概ね揃っており、大きなピッチずれや径のばらつきは確認されない。
- 断面から明確な層分離は観察されず、繊維層は一体的に絡み合った単層構造に見える。


繊維配向の観察
先程の裏面写真は長辺方向から光を当てたものだが、短辺方向から光を当てると繊維配向がよく見えるように思うのだが、AI的にはこれでも弱いレベルの繊維配向のようだ。そもそも木綿の繊維は太いので、抄紙方向に繊維が並びにくいのかもしれない。


この無地紙を特定する方法の応用
無地紙が使われた旧小判切手の額面は旧小判切手1銭 赤茶の他に、5厘 青味灰、1銭 黒、2銭 オリーブ、2銭 青味紫、4銭 青緑、5銭 明るい茶、6銭 だいだい、8銭 栗茶、10銭 明るい青、20銭 こい青、30銭 明るい紫がある。このうち、厚手無地紙がない2銭 青味紫、6銭 だいだい、8銭 栗茶、10銭 明るい青、20銭 こい青、30銭 明るい紫の6額面で今回と同じ方法で確定標本を作成できる。
まとめ
今回は旧小判15銭 黄緑を使って後期普通紙の確定標本を作成した。旧小判1銭赤茶は、1879年から約4年間だけ発行された切手で、発行枚数が多いため比較的入手しやすい。使われている用紙は4種類で、無地紙だけが輸入の木綿紙、ほかは国産(木綿やワラ)である。無地紙は木綿100%の洋紙で、当時の国内紙より技術的に進んだ均質で安定した紙質をもつ。顕微鏡を使って観察すると繊維は短〜中程度で均一に分散し、印刷は細かく安定してにじみ、目打ちは圧縮型の破断を示していた。こうした特徴を押さえることで、無地紙が含まれる他の額面でも無地紙を見分けることができそうだ。
