前回は旧小判2銭 青味紫でワラ紙の確定標本を作ったので、今回は旧小判1銭 黒を使ってエスパルト紙の確定標本作成に挑戦してみようと思う。ちなみに、旧小判1銭切手は黒の後に発行された赤茶のものも存在するが、今回は黒を使うので注意。
旧小判1銭 黒について
旧小判1銭 黒は1876(明治9年)年から、旧小判1銭 赤茶が1879(明治12年)年に発行されるまでの約3年間発行されていた切手である。旧小判2銭 青味紫よりも入手するのは難しいけれども、旧小判切手を狙って収集すればある程度の枚数を入手できるように感じている。
ビジュアル日専 小判・菊切手編によると、旧小判1銭 黒は発行期間が約3年と短いため、使用されている用紙は5種類だけだ。ここで重要なのは、木綿系が4種類であるのに対して、ワラ系はエスパルト紙の1種類だけということだ。木綿とワラの切手用紙の見分け方は、旧小判2銭 青味紫で実績がある。
概念的には今回確定標本作りを目指すエスパルト紙の原料はエスパルト紙100%であり、エスパルト紙も稲も麦も全てイネ科に属する植物である。つまり、用紙の特徴もエスパルト紙とワラ紙と近いの部分もありそうだ。厳密に言うと、輸入紙と国産紙とでは製造法が異なり、同じ原料であっても用紙としての特徴が異なる場合が多々あるようだ。なので、今回はエスパルト紙とワラ紙とで特徴が近い部分を探しながらの確定標本作りとなる。
参考情報になるが、旧小判2銭 オリーブも旧小判1銭 黒と同じ用紙だけが使われているので、今回のエスパルト紙の確定標本作りの手法は旧小判1銭 オリーブでも使えそうだ。
| 用紙 | 原料の種類 | 製造国 |
| 厚手無地紙 | 木綿 | 輸入 |
| エスパルト紙 | ワラ(エスパルト) | 輸入 |
| 無地紙 | 木綿 | 輸入 |
| 白色薄紙 | 木綿 | 輸入 |
| 木綿紙(茶紙) | 木綿 | 国産 |
木綿系とワラ系(エスパルト)のクラスタ分けの観察ポイント
そもそも、エスパルトとはなんだろうか。エスパルトとはスペインや北アフリカに自生するイネ科の植物で、ヨーロッパでは19世紀後半から高級印刷用紙として広く使用されたようだ。繊維の特徴は表にまとめたように、細く均質で、地合いが整いやすく、滑らかな印刷面を作れるようだ。どうやらエスパルトは稲・麦わらと同じイネ科の植物であっても、切手用紙となると繊維が均質、リグニン少なめ、抄紙適性が非常に高いことから、切手用紙としての特徴が大きく異なるようだ。
今回の調査では、旧小判1銭 黒の切手の印刷面をサンワダイレクトのUSB 4K 840万画素の顕微鏡を使って中倍率で観察し、凸凹感あり・繊維感ありのグループと凸凹感なし・繊維感なしのグループにクラスタわけてみた。エスパルトと稲・麦わらとでは特徴が大きく異なるといっても、エスパルトは繊維幅は稲・麦わらと対して変わらないし、用紙としては滑らかになる方向の違いなので、旧小判2銭 青味紫と同じように印刷面の凸凹感・繊維感を観察ポイントとした。
| 項目 | 木綿 | ワラ(エスパルト) | ワラ(稲・麦わら) |
|---|---|---|---|
| 平均繊維長 | 約 20–30 mm | 約 0.7–1.3 mm | 約 0.8–1.5 mm |
| 平均繊維幅(直径) | 約 15–20 μm | 約 8–12 μm | 約 8–12 μm |
| 幅のばらつき | 比較的小さい(12–22 μm程度) | 小〜中(6–14 μm程度) | やや大きい(5–15 μm程度) |
| 断面構造 | 扁平・中空(ルーメンあり) | 薄壁・細胞壁均質 | やや角張る/組織差あり |
| 長さ分布の傾向 | 単峰に近い | 比較的単峰 | 多峰性になりやすい(組織差) |
続いて、分類方法を具体的に説明する。木綿系とワラ系(エスパルト)を分類するのに参考にするのが下の2枚の写真で、上が木綿系、下がワラ系(稲・麦わら)の写真である。木綿を原料とした切手とワラ(稲もしくは麦わら)を原料とした切手とでは、印刷面の凹凸感が大きく異なっているという、わかり易い特徴を使う。


新小判1円切手でも使用されているエスパルト
参考情報になるが、実はエスパルトは新小判1円切手でも使用されている。旧小判1銭 黒は1870年代後半の発行、新小判1円は1888年からの発行と約10年の差があり、同じエスパルトを原料としていても切手用紙としての特徴は大きく異なると思われるが、今回の想定通り新小判1円切手の印刷面は表面に凸凹感がなく滑らかである。

木綿系とワラ系(エスパルト)のクラスタ分けに挑戦
調査対象は状態が悪いものを含めて17枚。ある程度の枚数を観察していくと予想通り、上の写真のように繊維が太いものが目立ち、繊維が太く凸凹が見えるクラスタと、下の写真のように繊維が細く、滑らかなクラスタの2分割できることが集まり始めた。最後まで観察を終えると、繊維が太く凸凹が見えるクラスタが11枚、繊維が細く滑らかなクラスタが5枚という結果になった。
繊維の特徴から前者が木綿系で、後者がエスパルトだと思ったが、一応AIでどちらの写真が木綿系でどちらの写真がエスパルトかを確認してみたが、こちらに認識通りの結果となった。そして、エスパルトの切手が見つかったということは、この用紙がエスパルト紙だと特定できたことになる。
感覚的な話にはなるが、中解像度の写真で比較しても旧小判2銭 青味紫のワラ紙よりエスパルト紙の方が繊維感が目立ち、繊維感や立体感のあるなしを基準にすると分類に迷うこともあった。どちらかというと、繊維の太い細いで見分けたほうが良いと感じた。また、新小判1円切手と比べても旧小判切手のエスパルト紙の方が繊維感が目立った。


木綿系とワラ系(エスパルト)でなぜ表面形状が違うのか
続いて、木綿系とエスパルト紙の表面形状の違いを理論的にどう言えるのか調べてみた。木綿紙では、もともと20mm以上にもなる長く強靭な繊維が叩解後も完全には微細化せず、その形状を比較的保ったまま抄紙される。そのため、表面には繊維の輪郭や微細な凹凸が残りやすく、1本1本の存在が視認しやすい。また、木綿繊維は太く且つ立体的な構造から光を反射しやすく、目視でも立体的に見えるようだ。
一方、エスパルト紙は原繊維がもともと1mm前後と短く、叩解によって細かく分散しやすい。その結果、繊維は面内に均一に広がりやすく、長繊維のように表面を横断して浮き出ることが少ない。この繊維長と分散性の違いが、印刷面における凹凸感や繊維視認性の差として現れていると考えられる。なんとなく木綿系とエスパルト紙の繊維の理解が深まった気がする。
エスパルト紙の観察
エスパルト紙の全体傾向
確定標本を使って、エスパルト紙の印刷面と裏面中央と目打ちの特徴を調査した。印刷面・裏面中央・目打ちから読み取れる共通的特徴をAIで解析してまとめるとこんな感じ。

| 観点 | 共通的に言えること | 鑑定上の意味 |
|---|---|---|
| 繊維長 | 短繊維主体。長く走る繊維はほぼ見えない。 | 長繊維が見えなければ木綿系の可能性は低い。 |
| 繊維形状 | 細く柔らかい。繊維の主張が弱い。 | 太く立体的な繊維が見えない点が判別軸。 |
| 地合い | 比較的均質。大きな繊維塊がない。 | 骨格的ムラが少ない=短繊維高分散。 |
| 繊維分布 | 面内に均一分散。方向性が弱い。 | 繊維の流れが見えにくい。 |
| 毛羽 | 目打ち部の毛羽は細かく均一。 | 断破断が丸く均質=短繊維紙の特徴。 |
| 異物 | 微細な黒点はあるが粗大片は少ない。 | 大きな導管片が少ない点が特徴。 |
| 繊維の連続性 | 長繊維が印刷線を横断しない。 | 線が安定しやすい。 |
特定の写真だけに強く現れる特徴も見つかった。印刷面は明らかに繊維に沿って流れているが、AI的にはインク境界が安定しているようだ。
| 写真タイプ | そこで特に強く言えること | 補足 |
|---|---|---|
| 印刷面 | インク境界が安定しやすい | 長繊維の横断が少ないため線の乱れが小さい |
| 印刷面 | ベタ部が粒状に見える | 短繊維フェルト構造がインク保持に影響 |
| 裏面中央 | 繊維塊がほぼ見えない | 地合い均質性が最も確認しやすい部位 |
| 裏面中央 | 方向性が弱い | 繊維配向の偏りが視認しにくい |
| 目打ち | 破断が丸く崩れる | 短繊維主体のため骨格的裂けが出にくい |
| 目打ち | 毛羽が細かく均一 | 太い繊維の飛び出しが少ない |
全体をまとめるとこんな感じ。この表から出現しやすい特徴と観察部位がわかるが、ワラ紙とほぼ同じ傾向を示した。
| 観点 | 印刷面 | 裏面中央 | 目打ち |
|---|---|---|---|
| 繊維長 | △ | ◎ | ◎ |
| 繊維形状 | △ | ◎ | ◎ |
| 地合い | ○ | ◎ | ○ |
| 異物 | △ | ◎ | ○ |
| 毛羽 | △ | ○ | ◎ |
| インク挙動 | ◎ | ― | ― |
印刷面の観察
続いて個別部位の観察。最初は印刷面の中解像度写真と高解像度写真からわかることをまとめる。この時代のエスパルト紙は中解像度でも比較的繊維1本1本が鮮明に見える。印刷面から読み取れることはこんな感じ。
- 繊維は非常に短く、細く、全体に均一に分散している。
- 繊維は直線的というよりも、微細でやや角張った短片状に見える。
- 地合いは比較的均質で、大きな雲状ムラは見られない。
- 微細な黒色点・夾雑物が散在するが、粒は小さい。
- 毛羽は極めて細かく、密度はあるが突出は弱い。
- インク境界は繊維に強く引き裂かれるというより、細かくザラつきながらも比較的均一ににじむ。


裏面中央の観察
裏面中央付近の中解像度と高解像度写真はこんな感じ。こちらの写真からは下のことが読み取れた。0.2~0.6mm程度の短繊維が主体のようだ。エスパルトの繊維長は概ね0.8~1.5mmとされるので、推測ではあるが叩解によって部分切断されているのかもしれない。
- 短繊維が主体で、長く連続する繊維はほとんど見られない。
- 細くやや透明感があり、緩やかに湾曲しながら絡み合う。
- 大きな雲状ムラは弱く、細かな濃淡が均一に広がる。
- 面内に比較的均一に分散し、局所的な粗密差は小さい。
- 長く突出する毛羽は少なく、短く細い繊維端が密に存在。
- 黒色・褐色の微細な点状異物が散在する。


目打ちの観察
観察の最後は目打ちの写真である。この2枚の写真からは下のことが読み取れた。
- 短~中程度の繊維が主体。1 mm級の長大繊維は目立たず、視認できる連続長は比較的短い。
- 細く透明感があり、緩やかに湾曲・絡み合う。扁平感や太い帯状繊維は見られない。
- 全体として均質。大きな雲状ムラはなく、細かな濃淡が滑らかに広がる。
- 面内で均一に分散。局所的な極端な粗密差は小さい。
- 短く細い繊維端が密に立ち、切断面は綿毛状に見える。長く硬い突出繊維は少ない。
- 黒色・褐色の微細な点状異物が少量散在するが、大きな夾雑物は見られない。


まとめ
旧小判1銭 黒を使ってエスパルト紙の確定標本作りに挑戦してみたが、観察を重ねるうちに木綿系とはかなりはっきりした違いが見えてきた。最大のポイントは、やはり短繊維主体という点で、裏面中央の写真では0.2~0.6mm程度の短い繊維が均一に広がっている様子が確認できた。長く走る繊維が印刷線を横断するような場面はほとんど見られない。
印刷面では、木綿紙のような強い凹凸感はなく、細かい繊維が均質に分散しているため、全体として滑らかな印象を受ける。インク境界も大きく乱れるというよりは、細かなザラつきを伴いながら比較的安定しているように見えた。裏面中央は地合いの均質さを確認するのに最も適しており、目打ち部では短く細い毛羽が密に立つ様子が観察できた。
ワラ紙と近い傾向を示しつつも、繊維の均質さや分散の仕方にエスパルトらしさが感じられる。今回の確定標本は、旧小判1銭 黒の用紙判定だけでなく、同じエスパルト紙を使った他の切手を見分けるうえでも、よい基準になりそうだ。

